飛行機の材料は強くてしかも軽い必要があり、現在で一般に良く知られている合金であるジュラルミン(超々ジュラルミン)が使われている。ジュラルミンはアルミニウムに銅、マグネシウム、亜鉛等を加えたもので其の技術はなんと戦前に開発されたものなのだ。
(ジュラルミンについて詳しくはここから。)
しかし更に軽くて強い材料が要望されており、其の一つの答えが、炭素繊維であり、既にボーイングのジェット機に使用されている。
ただ、炭素繊維は値段が高く、細かい賦形加工は難しい。
そこでジュラルミンや炭素繊維をコスト、性能で上回る材料(金属)が望まれている。
現在注目されているのはアルミより軽いマグネシウ合金だが、マグネシウム合金では、
これまで①燃え易い②弱いという2つの欠点が克服されていなかった。
しかし熊本大学の河村能人教授はこの問題をクリアした合金の開発に成功した。
KUMADAIマグネシウムとしてこれまで何度もニュースになりご存知の方も多いと思う。
KUMADAIマグネシウムの凄さについては、この動画1でよく分かる。
但し、今回のブログは、凄さの秘密を解説するのがメインなのだ。
尚記事の構成・内容は、NHK、Eテレ「サイエンスZERO」(軽い、強い、燃えにくい、夢の新マグネシウム合金)を参照した。
新合金の開発は、(非マグネシウム研究者として)国の新規マグネシウム合金開発プロジェクトに招聘された熊本大学河村教授がマグネシウムに別の元素を加えて其の性能を調べる実験を繰り返し、遂にその配合を発見した。それはマグネシウム(Mg)に亜鉛(Zn)1%とイットリウム(Y)2%を加えるという条件だった。
従来のマグネシウム合金と較べて新合金の特長は、
1.曲げに対する変形→従来品はすぐ曲がり曲がったままに対し、しなるだけですぐ元に戻る。
2.引張強度→従来品は200MPaに対し500MPaで従来の2.5倍。
3.燃え難さ→従来品が610℃で燃えるのに対し、910℃まで燃えない。
この性能が世界を驚かせた。
ただ開発話の中でいくつかの疑問が生じるが、これについての答えは以下の通り。
1.これまでに上記の組成は検討されなかったのか
→同じ組成はあったが入れる量が違っていた。
2.燃え難くなるのはどうしてか
→Y(イットリウム)が酸素を通さない膜を作るので燃えにくくなる。
3.他の研究者が同じ組成で作っても強度が出ないのはなぜか
→この答えは河村教授自身にも分からないままであった。
しかし
A)東大の安倍英司教授のSTEM顕微鏡による原子配列状態の観察結果、及び
B)京都大学の奥田浩司教授によるSpring8での放射光を使った解析により明らかになった。
即ち、
1)Mg(97)/Zn(1)/Y(2)の合金のSTEM写真を調べるとZn+Yの白い層とMgの黒い層が交互に規則正しく整列していた。
これは「長周期積層構造(LPSO構造)」と呼ばれているもの。
2)上記3成分を配合した状態から徐々に温度を上げながら合金が出来る状態を放射光で観測すると
①最初ZnとYはMgの中でバラバラの状態で存在、
②温度が上がるとZnとYがくっつき始め(166℃)
③更に温度が上がるとこの塊が大きくなって行き(225℃→295℃)
④そして自然に規則正しく並ぶ(522℃)
以上の現象は同じ配合で温度を上げてゆけば必ず出来ることを意味する。
それではなぜ河村教授が作った長周期積層構造の合金だけが強度がでるのか?
阿部教授が長周期積層構造(LPSO構造)を詳しく観察すると積層構造が折れ曲がった部分を見つけた。
顕微鏡の倍率を低くすると、三角形状となっている部分が沢山出来ていた。
この三角形は「キンク変形」と呼ばれ、これが強さの正体(原因)だった。
即ちキンク変形という結晶が歪んだ部分が入ると、次に全体を変形させようとした時、その変形に対する抵抗となっていることによることが判明した。
結論として、長周期積層構造(LPSO構造)+キンク変形が強さの秘密であった。
(詳しくは下記文献をご参照)
その1.
その2.
それではなぜ河村教授が作った合金にはキンク変形が入るのか。
一般的な合金の作り方は、るつぼに金属の混合物を入れ、加熱して溶かし、鋳型に流し込んでゆっくり冷やし、鋳型から取り出す。原料を配合して溶かした後取り出す。
しかしこれには、キンク構造は入っていない。
その秘密は河村教授が昔から使っていた独特の方法にあった。
それは、金属混合物を溶かした後、小さな穴から噴出させ急冷しリボン状にする。
これを銅製の缶に詰め込んだ後、100トンの力で細長く押し出す。
この時、強い力で押されることでキンク変形が入り強くなっていたのだ。
では、通常の方法で溶かして作った合金を強い力で押し出し加工するとどうなるか?
果たせるかな(案の定as was expected)、強い金属が出来たのだ。
この長周期積層構造(LPSO構造)の合金を押し出し加工し、キンク変形させ強くする方法は材料工学分野では新発見であった。
その延長として、最近チタン合金、アルミ合金についても強くなることが分かった。
この技術は一つの大きなブレークスルー技術となるかもしれず、
金属加工分野が大きく変わりそうだといわれている。
ここからは、
軽くて、強くて燃えにくい新マグネシウム合金の応用研究について
1.航空機(特に動画参照)
マグネシウム合金の航空機分野への応用が2014年に解禁された。
ただし、Mgの燃焼試験にパスしないといけないが、可村教授の合金は燃焼試験にパスした。
即ち航空機に使えるというお済み付きを貰ったわけだ。
2.自動車
当面はエンジンのピストン、ターボチャージャーの羽根等でエンジンの出力が上がり結果として燃費が良くなる。狙いは安価になった時のボディへの使用。(現行ハイテンを駆逐?)
3.宇宙
ロケット、衛星
上記1から3は燃費向上に寄与だが、以下は別の特徴が生かされた分野
4.医療
主成分であるMgの生体に対する特徴
・Mgは人体に必要なミネラルであり、人体に害はない。
・人体に吸収されやすい。
その他、Znも人体にあり、問題なく、Yについても特に記載はない。
製品への応用、
50ミクロンのワイヤーが出来る様になり、ステント(血管拡張器)への応用が期待されている。
ステントは現在ステンレスやチタンと樹脂で作られているが、ステンレス等では一生血管内に留まるため、血栓をサラサラにする薬を飲み続けなけらばならない。また樹脂では一定期間後に体に吸収されて無くなるものもあるが、金属の2倍の厚さが必要でその分血管が狭くなる。
その点、新Mg合金は薄く、細く出来、また生体中で吸収されるので、まさに理想的な材料かと期待されている。
現在はステント形成技術の検討とマウスによる実験が行われている。
今後は基礎、応用の両面から研究を進めてゆく必要がある。
一般に
新材料が発見されてから実用化されるまでに30年位かかるので新マグネシウム合金も後
14,5年は掛かるだろう。しかし一旦実用化されればジュラルミンの様に100年以上使われるだろう。
放送内では竹内MCは敢えてレアーアースのYを使うことについては言及しなかったが、
やはり日本としては、最終的にはレアーアースを使用しない技術を開発する必要がある。
茨城マグネシウム工業会もハッキリそう言っている。
終わりに、
やや古いが、この動画2もおすすめ。メカニズム的な話は無いが、新マグネシウム合金の全体がよく分かる。
またこれからの研究者にとっては(どの分野でもそうだと思うが)、河村教授が動画1で何度も口にされている「マッドスルー」の覚悟が必要だろう。
尚これまでのマグネシウム合金全般について知りたい方には
誰にでも非常に解りやすいサイトがあります。ここをご参照。